<井上道義的ショスタコーヴィチ世界> 5

2007.11.08

<音楽はアートだ! 真実をえぐる響き 井上道義的ショスタコーヴィチ世界> 5

(5)終の境地 交響曲第14番、第15番


【交響曲第14番 ト短調 作品135】
[死とは生きること]
〈作曲〉1969年

〈初演〉1969年10月6日、ルドルフ・バルシャイ指揮
モスクワ室内管弦楽団、ガリーナ・ヴィスネフスカヤ(ソプラノ)、
マルク・レシュテイン(バス)

〈楽章構成、演奏時間〉11楽章、約50分
第1楽章 深いところから
第2楽章 マラゲーニャ-第3楽章 ローレライ-第4楽章 自殺-
第5楽章 心して-第6楽章 マダム、ご覧なさい!-第7楽章 ラ・サンテ監獄で-
第8楽章 コンスタンティノープルのサルタンへ ザポロージェのコサックからの返事-
第9楽章 おお、デーリヴィク、デーリヴィク!-第10楽章 詩人の死-第11楽章 結び

〈編成〉打楽器7、チェレスタ、ソプラノ独唱、バス独唱、
ヴァイオリン10、ヴィオラ4、チェロ3、コントラバス2

〈日本初演〉1975年5月14日、ルドルフ・バルシャイ指揮、
モスクワ室内交響楽団、マクワラ・カスラシヴィリ(ソプラノ)、ネステレンコ(バス)

〔作品について〕
ロルカ、アポリネール、キュヘリベーケル、リルケの4人の詩人が死について綴った
11編の詩に作曲。管楽器を省いた室内オーケストラを伴った歌曲集の様相を呈する
異形ながらショスタコーヴィチの全生涯でも特筆すべき大傑作。保守的な手法と無調、
12音技法など多様な作曲手法を駆使し、作曲家の目前に迫った死を霊妙に歌い上げている。

≪井上道義の目≫
宗教、神による癒しも拒否し、安心も捨てて、死と対峙するとは自信に満ちた
ショスタコも行き着くところまで極まっている。死とは生きること。死がなければ
生はないのだから。ローレライの魔女は自分に魅入られて死んだ。人は何によって
生かされ何によって死ぬか? それを見つければその人の一生は完全だ。
人にとって当の自分の人生以外に価値あるものは何だろうか? 答えは? 愛とか言うのですか?

〔ショスタコーヴィチの周辺〕
ポリオによる四肢の不自由に加え、65年頃から重い心臓疾患に悩んでいた
ショスタコーヴィチは第13番と同様に第14番を病床で作曲したが、その間には
7年もの月日が流れていた。ショスタコーヴィチはこれまで第3番と第4番の間で7年、
第9番と第10番で8年間、交響曲の作曲の筆をとることがなかったが、今回はユダヤ人
迫害を糾弾する第13番が不興を買うとともに盟友であるはずのムラヴィンスキーが
同交響曲の初演を断ったことに加え、体調面での著しい悪化が色濃く影を落とし、
作風にも大きな影響を与えている。

〔同時代の音楽〕
1969年
ワーグナー:「ラインの黄金」、ルトスワフスキ:「管弦楽のための協奏曲」日本初演
エルネスト・アンセルメ、コンスタンティン・シルヴェストリ、ヴィルヘルム・バックハウス没

〔その時、世界は〕
1969年
プラハの春
アポロ11号月面着陸

――
【交響曲第15番 イ長調 作品141】
[名曲は、いかようにも変貌するもの]
〈作曲〉1971年

〈初演〉1972年1月8日、マキシム・ショスタコーヴィチ指揮、モスクワ放送交響楽団

〈楽章構成、演奏時間〉4楽章、約40分
第1楽章アレグレット
第2楽章アダージョ-第3楽章アレグレット
第4楽章アダージョ-アレグレット

〈編成〉木管楽器9、金管楽器9、打楽器8、チェレスタ、弦5部

〈日本初演〉1972年5月10日、
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー指揮、モスクワ放送交響楽団

〔作品について〕
声楽を用いず、古典的な4楽章構成に回帰しての最後の交響曲。子供心を想起させる
軽快な第1楽章に少年時から心を捕らわれていたロッシーニ「ウィリアム・テル」を引用。
終楽章にはワーグナーの「ワルキューレ」「トリスタンとイゾルデ」のテーマやモチーフが
採用されている。全編を通して清澄な気分支配的で、自作からも多数の引用を行い、
死の恐怖を超越した作曲者の達観した人生観照を感じとることができる。

≪井上道義の目≫
この曲は指揮者によってどのようにも変貌する。名曲とはそんなもの。怖い。
愛する?新日フィルと心中。

〔ショスタコーヴィチの周辺〕
冷戦の激化の中で党の要職を得ると同時に作曲家として西欧、米国などから名誉博士号を
贈られるなど、内外で多忙な日々を過ごし、病状は深刻化。1975年7月から入退院を
繰り返し、8月9日にモスクワ市内の病院で肺がんのため逝去。死の4日前に最終校訂を
終えて完成したヴィオラ・ソナタが遺作となる。同14日、ノヴォシェヴィチ墓地に埋葬される。

〔同時代の音楽〕
1971年
山田耕筰:「あやめ」初演
ストラヴィンスキー、大木正夫、箕作秋吉没
R.シュトラウス「ナクソス島のアリアドネ」日本初演
日本フィル闘争

1972年
グローフェ、マンフレート・グルリット、クラウス・プリングスハイム没
ジュネーヴ国際音楽コンクールで吉原すみれ優勝
[オーケストラがやってきた」放送開始

〔その時、世界は〕
1971年
林彪がクーデター失敗、墜落死。
志賀直哉没

1972年
札幌オリンピック
浅間山荘事件
ウォーターゲート事件
上野動物園でパンダ公開
ミュンヘン・オリンピック事件
川端康成没


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「今はショスタコーヴィチは僕自身だ! 」と語る井上道義2007年に成し遂げた「ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏会at日比谷公会堂」。 日本人指揮者唯一の偉業となる一大プロジェクトをぜひお聴き下さい。

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